
この記事は映画のネタバレも一部含みます。
吉原炎上の原作は画家が描く“絵草紙“
映画「吉原炎上」には原作があることをご存知でしょうか。
そしてそれは小説ではなく“絵草紙“という形が取られています。
作者は画家の斎藤真一氏。
花魁の襦袢と炎に包まれた吉原を彷彿させる“赤色“が印象的な絵画や版画を多く制作されています。
この“絵草紙 吉原炎上“にはサブタイトルがつけられています。
祖母 紫遊女ものがたり
そう、この“紫“とは斎藤真一氏の祖母のことで、紫の養女で斎藤氏の母・益(ます)から聞いた話をまとめたのが“絵草紙 吉原炎上“なのです。

1985年、文藝春秋社より発刊されていたが既に絶版となっている。
主人公は久乃ではなく"久野"。その生い立ちと吉原へ売られたきっかけとは
映画では名取裕子演じるのちの紫花魁は上田久乃という役名でしたね。
斎藤真一氏の祖母は内田久野といい、源氏名は若汐。のちに紫と改めました。
久野は明治3年に瀬戸内の村で生まれました。
父は明治維新の廃藩で得た秩禄を元手に呉服屋をやっていましたが、使用人で雇っていた元家来に欺かれて自害。その後母は久野と姉の雪野を連れて再婚しますが、新しい父もまたお人好しで財を失う結果となったため、18歳の春に吉原に身売りしました。
自害する吉里と生い立ちから悲劇の小花。原作には書かれている?
映画の中で悲劇の最期を迎える花魁といえば、藤真利子演じる“吉里“と西川峰子演じる“小花“ですが、原作ではどのように描かれているのでしょうか?

死をもってしても結ばれず、無縁仏として葬られた左京<枕橋心中>
映画の吉里は金も心も全て捧げていた客に拒否された腹いせに、一方的に好意を寄せている客と心中遊びを仕掛けるが、客が本気だと恐れをなして楼中大騒ぎとなり最終的に衝動的に自害してしまう。
しかしこれは映画の脚本で作られたもので、原作では彦多楼の花魁・左京と薬研堀の薬屋の跡取り息子がお互いを思い合った仲ですが、遊女などを家に入れるなと実家の反対を受けたため、結婚ができないことを苦に二人は心中を起こします。
せめて同じ墓にでもと思われたが、彼は実家に引き取られ左京は無縁仏として葬られたという話が“枕橋心中“として触れられています。
いずれも悲しき小花の人生
絵草紙の小花は尾張の武士の出で三味線などの芸達者で人気者だったが、ある日小花の顔色が悪いことに久野が気づいてからあれよあれよという間に肺の病となり行灯部屋に寝かされた。
久野は待遇の悪さに抗議したが、いくらかマシな部屋に移動となったが程なく亡くなり、裏の勝手口から早朝に棺桶が静かに運ばれていったというシーンが描かれている。
映画では嘘に嘘を重ね救いもない生い立ちで悲惨な最期を遂げる小花ですが、原作では人気の小花と遊ぶためには遊客たちがこっそり袖の下を遣り手に渡して融通を効かせていたのをいいことに、明らかに体調の悪い小花を休ませず、悪どい遣り手の要望に応え続けた小花が命を落としてしまう最悪の結末なのです。
花魁は精神的にも肉体的にも重労働であり病気になりやすく、肺病や梅毒になると直ちに入院させられました。
自分で入院費用を負担しなければならないので、お金のない花魁は入院できず行灯部屋などに寝かされ、そのまま命を落とすこともあったようです。
ごく一部の上級花魁は別にして、そのほかの花魁たちは売られた上に過酷な生活であったことが忍ばれます。
久野の故郷の恋人、勇吉との関係は?
勇吉という男性は映画では久乃の恋人として、吉原で見世に出始めた久乃に会いにきます。
その後彼は彼は勤めていた造船所から盗みを働いて指名手配中、かつ女と逃げているダメ男と判明し、行方不明になりました。
原作では結婚して妻子がいる身ですが犯罪などは犯していません。凌雲閣で会うなど久野とは客として関係が続いていましたが、在籍する中米楼で火事になり移動した仮宅に一度会いにきたっきり、仕事で長い航海となるから来れなくなると久野に伝えるとその後本当に来なくなりました。
その後の久野は身請けされて夫と京城(ソウル)へ
そして久野は大見世の角海老楼から引き抜かれ、転籍しました。
角海老はお職の花魁も気品があり、お客も伊藤公(伊藤博文?)や徳川慶喜など中米楼とレベルが違う超一流の見世でした。

明治25年旧暦3月、紫と改め花魁道中に加わりそして坪坂義一という朝鮮総督府の高官に身請けされ、結婚して吉原に別れを告げました。
映画では名取裕子演じる久乃が坪坂と人力車に乗って吉原から離れていく時に大火の知らせを聞き、坪坂を振り切って吉原に戻っていきますが、原作の久野が吉原全焼の知らせを知ったのは京城(ソウル)で知ったとのことでした。
まとめ
“絵草紙 吉原炎上“は絵画や版画を中心とした花魁と吉原遊廓を題材にした本で、作者の祖母が花魁で母から伝聞されたことが内容に盛り込まれています。
もちろん映画と異なる出来事や人物も多いのですが、仲間の花魁たちの話や吉原の文化、しきたり、花魁たちの情緒が静かな文体で穏やかに綴られています。
そして苦界に生きる彼女たちを哀しみをたたえた斎藤真一氏の描く花魁と吉原遊郭の絵画群が大変見応えがあります。

映画「吉原炎上」が好きな方には特に必見の内容です。